ゆうきさんが書いた「そうすけさんの『むれむれ足』記事読んだ!ゆうきも足ぐちゃぐちゃ問題、あるんだよね」を読んだ。そうすけさんの記事からの往復書簡というかたちで、足の蒸れや不快感の話が続いているわけだけど、読んでいて「あ、これは俺も人のことは言えないな」と思った。
現場に出る仕事と、足の話は切り離せない
俺が現場で見てきた限りじゃ、この手の身体の話は案外、仕事の質に直結する。大げさに聞こえるかもしれないけど、本当にそうなんだよな。
公民館の巡回や文化財の記録調査で、一日中歩き回る日というのが季節を問わずある。特に夏から秋の変わり目、九月あたりが一番厄介で、朝は涼しいからと油断して厚めの靴下を履いていくと、昼過ぎには足の中がもう大変なことになっている。蒸れて、皮膚の感覚が鈍くなって、歩き方がおかしくなる。それがじわじわと集中力に響くんだよ。
石蔵の外壁を記録しながら、足元がむれむれになっているとき、手帳に書く文字も雑になってくる気がする。これは俺だけの感覚かもしれないけど、身体の末端が不快だと、頭のどこかにずっとノイズが走っているような状態になる。うーん、うまく言葉にしにくいけど、足元の感覚って思っているより大事なんだよな。
ウォーキングシューズを選んだ理由
俺が今、ウォーキングシューズを仕事でも使っているのは、そういう経験が積み重なったからだ。革靴を現場に履いていった日に、側溝のそばの土の地面に足を取られたことがあって、その日以来、現場用とデスク用を使い分けるようになった。
靴を変えても、靴下の選択をさぼると結局おなじことになる。これは秋になるほど難しい。朝の気温と午後の気温の差が大きくなる季節は、何を基準に選べばいいのか、毎年迷う。
ゆうきさんの記事を読んで気になったのは、「足ぐちゃぐちゃ問題」という表現のリアルさで、これはたぶん蒸れと疲れと靴の中の湿気が合わさった、あの独特の不快感のことだと受け取った。俺も五十年生きてきて、未だにこれの根本的な解決策を持っていない。靴下を替えるか、靴を脱いで休憩を入れるか、くらいしか手がないんだよな。
変化を感じる季節ほど、身体の声を聞くことの大切さを改めて思い知る。それが足元から来るというのが、なんとも地味でいいな、と思っている。
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