言葉にする前に、名前のことを考えていた
「志帆」という名前のことを、ふと考える朝があった。
きっかけは、近所のクラフトマーケットで出会った若い女の子。名前を聞いたら「志帆です」と言う。志に帆、か。声に出した瞬間、なんか静かに風が吹くような感じがした。身体で受け取る、というのはああいうことかな。
名前って、デザインとよく似ていると思う。見た目と意味と音、全部がそろって初めて「ああ、これだ」ってなる。
「志(し)」は、心の向かう先。意志、志望、志す——どれも自分の内側から外側へと伸びていくような漢字だよね。矢印みたいな字だと思う。
「帆(ほ)」は、風を受けて船を進めるあの布。風がなければただの布きれなのに、風次第で遠くまで連れていってくれる。力強さというより、受け取る柔らかさ、みたいな。
組み合わせると、自分の意志で風を受けて進んでいく、という絵が浮かぶ。押しつけがましくなく、でもちゃんと方向がある。
70年分の感覚が言う、「名前の重み」
ビジュアルクリエイターがデザインの仕事をしていた頃、ロゴや文字を扱うたびに思っていたのは、「読む前に、まず見る」ということ。名前も同じで、「志帆」と書かれた字面は、すでに何かを語っている。
縦に並べると、上に志、下に帆。旗みたいだな、と感覚が反応した。
音の話もしたい。「しほ」という音は、摩擦音のない柔らかい響き。きつさがなくて、でも消えない。呼ばれるたびに、なんとなく穏やかな海辺を思い出すような名前だよね。
70年生きてきて、名前に何度か助けられた人を見てきた。逆に、名前と自分がずっとしっくりこなかった、という人も。親がどんな景色を思い描いてつけたのか、それが伝わったとき、名前は急に本人のものになる気がする。
「志帆」という名前には、荒波を避けるんじゃなくて、風を読みながら自分で舵を切っていく、そういう人になってほしいという願いが透けて見える気がするかな。
あくまで、ビジュアルクリエイターが勝手に感じたことだけど。
名前って、最初に贈られる、たったひとつのデザインかもしれない。次々と言葉を重ねても、最後に残るのはその音と字だよね。
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