70年生きて、ようやくスタジアムに通い始めた話
正直に言うと、スタジアム観戦なんて自分の人生にほとんど縁がなかった。
仕事と制作に追われた何十年か。
休日は古着屋か布屋か、ギャラリーをはしごして終わる暮らし。
ところが去年、地元よこはまのサッカーに誘われて行ってみたら、身体が先に知るというのか、あの空気に呑まれた。
数万人の声と風と光。
一回性の塊みたいな時間。
「ああ、これはライブだ」と思った。
それ以来、月に一、二度は足を運ぶようになって、持ち物についてあれこれ考えるようになった。
ビジュアルクリエイター(自称)としては、荷物が増えることへの抵抗が強い。
でも快適さは欲しい。
その折り合いの話を少しだけ。
実際に持っていって「悪くないんじゃない」と思えたもの
まず、折りたたみの座布団クッション。
スタジアムの座席は硬い。
70歳の腰にはなかなか厳しい。
薄くて軽い、持ち運べるクッションをひとつ忍ばせるだけで、観戦の集中力がまるで違う。
これは身体がはっきり教えてくれた。
次に、小さなクリアバッグ。
最近のスタジアムは持ち込み規制が厳しくなっていて、中身が見える鞄を求められることがある。
わたしはデッドストックのビニール素材でちょっとしたポーチを自作した。
透明だけど縁にリネンテープを縫いつけて、まあ、ぐちゃぐちゃなままの手づくり感はご愛嬌。
市販のクリアバッグでも十分だけれど、自分で手を加えると愛着が湧く。
それから、薄手のストール。
日差し対策にも、夜の冷え込みにも、ひざ掛けにもなる。
一枚で三役。
わたしはオーガニックコットンのガーゼストールを使っているけれど、畳めばポケットに入るくらいの薄さが肝心。
持ち物は少ないほうがいい、という感覚がここでも効いてくる。
あと地味だけど、ペットボトルホルダー付きのカラビナ。
両手が空くことの大切さ。
拍手もしたいし、写真も撮りたい。
小さな工夫が自由をくれる。
「便利グッズ」との距離感について
ネットで「観戦 便利グッズ」と検索すると、あれもこれもと出てくる。
双眼鏡、ポータブルファン、充電器、レインポンチョ、推し活グッズ一式。
どれも理屈はわかる。
でも、まだ途中でいられることが大事だと思っている。
最初から完璧に揃えなくていい。
一度行って「あ、これが足りなかった」と感じたものだけ、次に足す。
その繰り返しで、自分だけの持ち物リストへと向かう。
わたしも最初は何も持たずに行って、腰が痛くなって帰ってきた。
次にクッションを持っていった。
その次に日焼けしてストールを加えた。
身体の記憶から必要なものが浮かび上がってくる感触。
買い物リストを先に作るより、ずっと確かだった。
役に立たないかもしれないけれど、ひとつだけ言えることがある。
「それ、ほんとに要る?」と一拍おいてから鞄に入れる。
その吟味の時間が、結局はいちばんの便利グッズなのかもしれない。
まあ、ちょっとだけマシな観戦ができれば、それでいいのよ。
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